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| 外国の話をしよう。 フィンセント・ウィーレム・ファン・ゴッホは三人の妹と一人の弟の長兄だった、だが彼には兄がいた、名前は全く同じ、誕生日も一年前の同じ日、1853年3月30日、この兄は死産だった。 ゴッホの父親は牧師で、彼は日曜日の礼拝のとき、かかさずその兄の墓を眼にしていた。 彼の日記には、生きている負い目のようなものを感じさせる記述がある「僕は存在しないようにふるまったほうがいい」とか「だから姿をひそめよう」などと。 そういう思いが弟のテオを溺愛したのかも知れない。 ゴッホは精神を病み、自らの耳を切り落とし、自殺した、彼の心の中には同じ名前の、同じ日に生まれた兄がいたのかもしれない。 |
| 「九」の字画には、逆運、短命、悲痛、惨澹、遭難、災害、孤独という意味があるといわれている。 故坂本九さん、1985年8月12日、日航機墜落事故にあい御巣鷹山で亡くなった、遺体が発見されたのが事故発生から99時間後、葬儀が行われたのが9月9日、レギュラー出演していた番組の最後の出演回数が99回、司会をつとめていた番組はその年の9月で9年めを迎える筈だった。 偶然の不吉な因縁だ。 |
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友人の五歳になる娘が居間で遊んでいたとき、突然泣き出した、全く突然にである、驚いた彼女の母親が尋ねるとその娘は、窓の外から入って来た水色の服を着たおじさんが自分のおなかを押して、ふたたび窓の外から出ていった、しかもそのおじさんはとても怖い顔をしていたのだという。 よく話しを聞くと、娘は幾度もその経験をしているらしい、五歳の娘がそのような作り話をしても益はない、おそらく真実なのだろう。 |
| 横田順彌氏の「明治不可思議堂」のなかに「20世紀の予言」という一文がある、報知新聞の正月記事の一部だ、横田氏が驚愕するほど的中している、いくつかご紹介しよう。 無線電信及電話、的中。七日間世界一周、的中。空中軍艦空中砲台、的中。暑寒知らず、的中。電気の世界、的中。鉄道の速力、的中。医術の進歩、的中。自動車の世、的中。 驚くべきことに明治34年の予想である。 横田氏はこの予想を立てたのは誰かという推測をしているが、当時の報知新聞編集長であり、明治のSF作家として知られた村井弦斎だとしるしている、まさにSF作家の面目躍如であろう。 |
| これは思想書を数多く並べていた古書店で見つけたものだ、いかにも誰かが置き忘れたという風に書架にぽつんとあった。 手帳ほどの大きさだった、表紙には「新青年ピエロ」とある、そして1931の数字、裏表紙にはこう書いてある。 「新青年第12巻第1号別冊付録」「昭和6年1月1日発行」 あの「新青年」の付録なのである。 茶色に灼けた更紙で、傷みもひどく、ペ−ジを繰るときも注意をはらわねばならぬぐらいだ。 冒頭には次のように記してある。 「呪文(占ひをやる時必ず唱へること)新青年のオラクル様、新青年のオラクル様、どうぞ、どうぞほんたうの事を教えて下さい。あらあ、あらあ、くわんつうむ、ういす。」 中に「もだん・めんたるてすと」というものがある、これがなかなか面白い、こう書いてある。 「もだん・めんてるてすとはいんちきなめんたるてすとであります。いんちきとはサンスクリットでなんせんすといふ事であります。人間には誰にもいんちき心があります、集まり来たってそのいんちき心を試されえ」 |
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大下宇陀児は明治29年11月15日、長野県に生まれた。 木々高太郎は明治30年5月6日、山梨県に生まれている、慶応大学医学部に入学して大脳生理学を学ぶ、あのパヴロフのもとで条件反射の研究に従事した経験もある。 この二人の論争について、明治27年、三重県に生まれた江戸川乱歩はどういう立場をとったか。 いずれの方たちも73歳で没している、奇妙な偶然である。 |